「誰もが美しい日用品に囲まれて暮らす社会」への日瑞での追求。「ヴィルヘルム・コーゲ & 濱田庄司」国境を越える工芸展が開催中

私がスウェーデンデザインを日本に伝えたいと思って2002年に立ち上げたこのウェブサイトは、

スウェーデンでの「Vackrare vardagsvara/日用品をより美しく」という理念に感銘を受けたのがきっかけです。

その時の感動が今また蘇ってくる素晴らしい展示会が、ストックホルムの国立美術館で開催されています。

そのタイトルも「ヴィルヘルム・コーゲ & 濱田庄司、国境を越える工芸展」。

彼らは同時代を生きながら、スウェーデンと日本という異なる文化の中で活動した二人の陶芸家です。

この工芸展は、時代を超えて問い続けられているデザインのテーマを見つめ直す機会にもなっています。

コーゲと濱田が目指した「誰もが美しい日用品に囲まれて暮らす社会」

という理想に至るまでの道筋は、それぞれが大きく異なっていました。

文化的背景の違いだけでなく、陶芸に対する考え方や、

それぞれが置かれていた環境の違いもあったのです。

特に大きな違いは、コーゲが工場に所属するデザイナーだったのに対し、

濱田は自らの工房を持つ職人だったことです。

コーゲは工業生産を通じて、美しいデザインを広く社会へ届けようとし、

一方の濱田は、手仕事による器づくりの中に、人の暮らしに寄り添う美しさを見出しました。

同じ理想を抱きながらも、二人はそれぞれ異なる方法で「日常の美」を追求していたのです。

この工芸展は彼らの思想が響き合う貴重な機会となります。

コーゲは、スウェーデンのモダンデザインを代表する存在として、

「Vackrare vardagsvara(より美しい日用品)」という理念を掲げました。

これは、日常で使う器や道具にも美しさを取り入れ、

誰もが手にできるかたちで生活を豊かにしようとする考え方です。

彼は工業生産とデザインの結びつきを重視し、量産品の中にも質の高い美を実現しようとしました。

コーゲは工業生産での量産を前提とし、誰もが手にできるように、デザインを社会全体へと広げました。

近代化や民主化の中で、生活水準を上げるためのデザインとして

良いデザインを誰にでも手の届く価格で、という理念を掲げ、

グスタヴベリ社からは、お手頃価格の食器がたくさん作られました。

当時はお手頃価格で販売され、誰にでも手が届く価格でしたが

時代を超えて今では、人気ヴィンテージとして高価格での取引となっています。

一方の濱田庄司は、日本の民藝運動の中心人物として、

「用の美(使われることで生まれる美しさ)」を体現しました。

無名の職人による素朴な日用品にこそ真の美が宿るという思想のもと、

飾らない器や生活道具の価値を見出しました。

近代化への問い直しとして、失われつつある手仕事や生活文化を見直し

名のある芸術家が作る一点物ではなく、

無名の職人たちが日常生活のために作った器や布、家具などの

「日用品」にこそ、本当の美しさが宿ると考えました。

使われる中で「自然に現れる美」を尊重し、

作為を抑えた素朴さや無名性の中にある美を大切にしたのです。

濱田は、思想家の柳宗悦らとともに「民藝運動」の中心として活躍しました。

素朴な茶碗や皿、染織、かごなど、一見すると地味な日用品でも、

長く使われる中で美しさが現れるというのが、民藝の考え方です。

この思想は、機械化や大量生産が進む時代への問いかけでもありました。

「便利さ」だけではなく、人の手の温もりや地域文化の価値を見直そうとしたのです。

そのため民藝は、単なる工芸のジャンルではなく、

「どんな暮らしを豊かと感じるか」「美しさとは何か」

を考える生活文化の思想として、今も世界的に注目されています。

私がスウェーデンのデザインを紹介する上で、

ウィルヘルム・コーゲの名前は何度も目にしてきました。

2024年に出版された「スウェーデン100」の書籍では

表紙に「日用品を美しく、みんなのためのスウェーデンデザイン」という、

スウェーデンのモダンデザインを代表する存在として、

コーゲらが掲げた「Vackrare vardagsvara(より美しい日用品)」

の言葉も掲載してもらい、本書ではウィルヘルム・コーゲについても紹介しています。

私にとってコーゲのいちばん大きな印象は「Praktika/プラクティカという作品です。

これは、暮らしの中の実用美が一般に広がり始める時代である1930年代に

労働者階級のための積み重ね可能な食器セット「プラクティカ」として発表されました。

しかし、当時の人々は伝統的で華やかなデザインを好んだため

このシンプルなデザインはあまり売れず、商業的に失敗に終わったのです。

つまり、まだ早すぎた発想であり、時代が追いついていなかったのです。

その後、コーゲの元で学んだリンドベリの時代になると、

シンプルなデザインは「北欧モダニズム」として世間に広く認められるようになります。

コーゲの機能主義的な作品も次々と成功を収め、

スウェーデンモダニズムアートの父と呼ばれるようになりました。

コーゲと濱田が活動したミッドセンチュリーという時代は社会や暮らしが大きく変化し、

「デザインとは誰のためのものか」が問われた時代でもあります。

コーゲは産業と結びついたデザインによって生活の質を高めようとし、

濱田は手仕事の中にある普遍的な美を通して豊かさを示しました。

つまり、コーゲは産業とデザインの融合に焦点を当てた未来志向であり、

濱田は手仕事の価値の再発見をし、原点回帰の側面が強いのです。

こうして見ると、二人はまったく逆の方向から出発しながら、

最終的には「日常に根ざした美」という同じ地点にたどり着いているのが面白いところです。

濱田庄司の作品には、抹茶茶碗がたくさんありました。

益子焼など、日本の窯元にはたくさんの抹茶茶碗があります。

スウェーデンで茶道を嗜む者としては、濱田窯のある益子焼の茶碗を使った茶会を

ストックホルムで開催してみたいものです。

これは展示品の濱田の茶碗ですが、興味深いのは、箱書きが柳宗悦なのです。

宗悦は、物を称賛したい時に詩を詠むことがあるそうです。

この茶碗は、粗い表面に青灰色の釉薬が鮮やかに映えており、それを愛でて詠んだ詩が箱書きされています。

「庄司茶碗 にびいろ 昭和二九年師走作」

「文ナク、文ミツ、之ナン文」とあります。

「にびいろ/鈍色」とは、黒みを帯びた、くすんだ灰色のことで、この茶碗の色をうまく表現しています。

ちなみに、工芸展の中程には、手でその感触を感じることのできる益子焼茶碗が飾られています。

その中で1点だけ、スウェーデン人の作品があります。

それは、国立美術館オリジナル作品NM&の茶碗です。

この茶碗は、美術館レストランのためにデザインされたNM&シリーズで、白いシンプルなストーンウェアです。

釉薬がかかってる部分とかかってない部分があるのが特徴とのことなので、触ってみるとその違いが分かります。

デザインハウスストックホルムのSandというシリーズで購入もできます。

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